2013年08月12日

こばなし

小さいおはなしをいくつか。
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01 残されたもののはなし

わたしは、仕事で力尽きてしまい、庭がどうしようもなくなったため「草刈りのプロ」という人に草取りをお願いしてみた。すると、びっくりするほど根こそぎ草を刈ってくれて、それはそれは感心したのだけれど、いくつか刈り残されている小さな草があった。

(これは、どうして刈らなかったんだろうね?)
と思ってそのままにしていたら、ぐんぐん伸びて、ついに、きれいな白い花をつけた。
それは百合の花だった。
(プロってすごいな)
と、わたしは心の底から思った。

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02 つかまったもののはなし

ある家に、コウモリが迷いこんできた。お母さんはきゃあと悲鳴を上げ、お父さんは子どもが使っている網をじょうずに使ってコウモリをつかまえた。
夫婦は、寝ている子どもにも見せてやりたいと思い、コウモリを虫かごの中に入れておいた。

翌朝、その虫かごを見ると、コウモリは消えていた。
フタはしっかりと閉めてあり、開けられた形跡も見当たらない。

コウモリは、夕方どこからともなく現れて、暮れなずむ空を舞うけれど、どうやら跡形もなく消える方法も知っているようだ。

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03 見たくてしようがないもののはなし

朝顔を育てたくなって、店で青い朝顔のたねを買ってきた。
鉢に土を入れ、種をまいて水をやった。
朝顔は、元気よく育ち、つぼみがついた。そのつぼみは、先がほんのり赤い色をしていた。
(青い朝顔でも、つぼみのときは赤いのかな?)
と思ったが、翌朝見てみると赤い花が咲いていた。
(青い朝顔でも、始めは赤い花が咲くのかな?)
と思ったが、いつまでたっても赤い花ばかりが咲いた。

asagao.jpg

そこで、とうとうあのたねは、青い朝顔じゃなくて赤い朝顔のたねだったのだ、と気がついた。
青い朝顔が見たくて、毎日毎日自分をだましていたのだった。
赤い朝顔もきれいなのに、初めにもった期待と、それを裏切られたという気持ちがあって、ついにその赤い朝顔を愛情をもってながめることはできなかった。

なんだか、気の毒なことをしてしまった。

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どれも実際にあったおはなし。

今日は、これでおしまい。


posted by ふう at 11:47 | Comment(0) | おはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月07日

深夜残業におとずれる「魔」のはなし

今日は、たびたび深夜に仕事をしたことがある人ならご存じの「魔」についてのおはなしです。
残業をしておりますと、十二時を越えたあたりから何やら楽しくなってまいりますのは、よく知られている事実です。
心と身体を守るため、脳が快楽物質を出しまして、せめて楽しい気持ちにさせるのです。
徹夜のときに感じる万能感と世界の澄みきった感じ。たまりません。

が、時計が午前二時を回りますと要注意です。彼らがやってきます。そう、「魔」です。
あれは、深夜のオフィスに出るんですよ。

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さて、その日わたしは、どうしても仕上げなくてはならないポスターのデータをつくっていました。
もう一人の同僚も同じ作業をしていて、同じフロアに残っておりました。
もうちょっとで完成というときに、わたしはふと、上司から来ていた1通のメールを思い出しました。そのメールには、ポスターに載せるイベントの開催日時について念押しをする内容が書かれていたのです。

わたしはそのメールをなぜかプリントアウトし、ポスターを確認しました。すると、日にちが1日ずれていたのです。わたしはあわてて同僚に伝えました。
「ねえ、これ、日にちが間違ってる!」
同僚は、そのプリントアウトした紙と、ポスターのデータを見比べて、
「うわっ、本当だ、あぶない!」
と言いました。

わたしたちは、さまざまあるバージョンの修正作業に少々あわてましたが、でも間違ったまま納品にならなくてよかったとほっとした気持ちになっていました。
作業は無事に終了しましたが、終電はとっくになくなっていますから、タクシーをつかまえて各自の家に帰りました。

翌朝、十時に出勤してみますと、朝いちで相手に送付される予定になっていたポスターのデータはまだ納品されていませんでした。理由を尋ねてみますと、イベントの開催日時が間違っているといいます。
わたしは、反論するつもりで上司から来ていたメールを確認しました。ところが、そんなメールはどこにもありません。また、プリントアウトしたはずの紙もありません。
昨日いっしょに作業した同僚にも聞きましたが、その紙を見て、確認して、間違っていると思ったことは覚えている、と言いますが、紙がどこにいったかはわからないと言います。

きつねにつままれるとはこのことです。
わたしは、いったい何をプリントアウトしたのでしょうか。そして、わたしたちは、いったい何を見たのでしょうか。そして、その紙はどこにいったのでしょうか。

tenkey.JPG

「魔だね」
と、その同僚は言いました。
「ああ、魔だね」
と、わたしも答えました。
そういえば、間違いに気づいたときに、わたしたちは異様なほどの興奮に包まれていたのです。思えば、あれは「魔」にささやかれている証拠だったのです。
パソコンがメールを表示し、プリンターが紙をはきだしたところを見ますと、「魔」というのはわりと最新の機器にも相性がよいと見えます。

「きつねに化かされる」なんていうのは、現代にはないのだと思っていらっしゃる方。昔はきつねが担っていた役割を、今はパソコンやプリンターが担っているかもしれませんよ。


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以前つとめていた会社で実際に起こったことをもとに、おはなしにしました。

今日は、これでおしまい。
posted by ふう at 08:00 | Comment(0) | おはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月02日

ブラック企業のおもいで

近ごろ、仕事でスケジュールがおしまして、相手先の意向を存分に反映しきれないだろうという結果が見えましたので、これはちょっとお詫びのメールを書いておかなくてはと必要にかられ書いておりますと、むかしを思い出したのです。
むかしというのは、わたしがブラック企業に勤めていたときのことで、あのころは、よく詫び状や始末書を書いたものでした。

といいましても、わたしがたくさん失敗を重ねていたというわけでもなく、お客さまからの苦情はいっさいなくても上司が気に入らないと、そういう類のものを書くことになるのです。
何かのイベントが終わるたび、何かの仕事がひと段落するたび、そういうものを書きますから、しまいには呼吸をするように始末書が書けるようになってまいります。

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あるとき、上司が文書にミスをして、それがそのまま取引先へわたってしまったことがありました。
そのようなときでも、わたしが始末書を書くのです。もちろん上司が悪いとは書けません。
では、どう書くべきでしょうか。なかなか上級の問題です。
それは、こう書けばよいのです。
「わたくしの文書のチェック体制に問題があり、また不勉強でもあったため、ミスのある文書を取引先にお送りすることとなり、会社に多大なるご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。猛省し、二度とこのようなことが起こらないよう、今後は体制を整えたうえ、細心の注意を払い仕事にあたっていく所存でございます」

おそろしいことに、自分が悪くなくても、心から反省している始末書や、心から詫びている詫び状が書けるようになってきます。

朝の通勤電車に乗っていたときのことです。カーブにさしかかり電車が大きく揺れ、大柄の男性に思いきり足を踏まれました。
そのとき、痛みに顔をしかめながら、わたしはこころのなかでこう思ったのです。
(こんなところに足を置いており、申し訳ありません!!)

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そうです。わたしはいつの間にか、何に対しても謝れるようになっていたのです!
まったく自分に非がなくても!
足を踏まれたとしても!

ブラック企業に勤めているとき、わたしはこう思っていました。こころのなかまでは、誰にも触れられるわけがない。だから、わたし自身は変わるわけがないと。
でも、ふだんこころを曲げていると、いざというとき曲がった自分が出てくるのです。
人にこころを触れられなくても、自分から変わってしまうということでしょう。

問題が目の前にあると、たとえそれがおかしな問題であったとしても、人は解決しようとしていっしょうけんめい知恵をしぼります。
そして、乗り越えると「よかった」と思います。うまくいったと。

でも、自分のこころはどうでしょう。問題を解決するたびに、こころが曲がっていくとしたら…。
それは、自分の人生にとって果たしてよいことなのでしょうか。
おそらく違うでしょう。

ブラック企業でうまくやっていくことよりも、自分のこころがまっすぐであることのほうが、自分の人生にとってははるかにだいじなことだと、わたしは思っています。

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ブラック企業で起こる人のこころの変化を、おはなしふうにまとめました。夏だから、ちょっとこわいのをね。

今日は、これでおしまい。
posted by ふう at 01:24 | Comment(1) | おはなし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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