2013年06月10日

宝くじを買ってしまう理由

宝くじについてまじめに考えました。

わたしはついついロト6とかミニロトとか、数字を選ぶタイプの宝くじを買ってしまいます。
買わないと生きていけないと思うときもあります。それはなぜなのか。

ミニロトを一週間に400円分買うとします。1か月はおよそ4週間で、1年は12か月ですから、それを50年続けたとすると、400円×4×12×50=960,000円かかります。
宝くじを買わないでいると、50年でおよそ100万円のお金を自由に使うことができるはずです。
いっぽう、ミニロトの1等の賞金は約1,000万円、理論値では当選確率は1/169911=0.00058%、2等の賞金は約15万円、当選確率は1/33982=0.00294%です。
買わないでおけば自由に100%100万円が使える、買い続けたとしても15万円ですら得られるのは低い確率、とくれば宝くじを買わないでいるほうが、ずっとかしこいように思えます。
それでもわたしは宝くじを買ってしまいます。なぜなんでしょう。

fuhsen.jpg

それは、心が軽くなるからじゃないかと思います。お金の心配が一瞬でなくなるかもしれないという期待がわたしの心を軽くするのです。

話が少し横にそれますが、「日本霊異記(にほんりょういき)」など古典の説話集を読むと、すべては因果応報、信仰心があつければ救われる、というオチの話がたくさん出てきます。説話集というものが仏教を広めるために、効用をわかりやすくストーリーとして伝える役割をしていたと考えられます。

信じれば救われる、というのは、この宝くじの効果と似ています。いざ困ったときには仏さまが助けてくれる、と思うと心が軽くなるのです。かつて宗教が担っていた役割を今はお金が代わりに果たしているのかもしれません。お金に救いを求めているのです。

あるいは、ノストラダムスの大予言とかマヤ歴終了とかでこの世が終わるということも、この世が終わると思うと今後の心配をすることの意味がうすれますから、心が軽くなる効果がありそうです。

しかしながら、最近わたしは宝くじにそれほど関心がなくなってきました。前はあんなに好きだったのに。それがどうしてなのか、自分でもよくわからないのですが、悪い傾向じゃないだろうと思っています。

自分で、何か、人の心を軽くするものを書いたり、つくったりできないかな、というところに関心が移ってきたからかもしれません。

できればそれは世界が終わるというようなものじゃなく、温かいものでできればいいなと思っています。

今日は、これでおしまい。


posted by ふう at 10:54 | Comment(0) | 研究してみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月07日

「栗の花」はエロい季語

趣味で俳句をしています。
悪魔がやってきて「エロい季語といえば、何?」と聞いてきたら「ひめ始(ひめはじめ)」か「栗の花(くりのはな)」と答えると思います。
「ひめ始」は、新年の季語です。正月二日に行われる行事で、一般的には正月初めて男女が交わることをいいます。直接的です。ただ、神聖なものとして読まれることが多いようです。

いっぽう「栗の花」は、夏の季語です。角川学芸出版「俳句大歳時記」では次のように解説しています。以下引用
============
…初夏の頃、黄白色花穂を枝先に上向きにつけるが、大房になると花火のように八方へ垂れ、青臭い独特の強い匂いを遠くまで漂わせる。雌雄異花で虫媒花。雄花は穂状の部分に密生し、雌花は基部に着く。授粉が終わると雄花は褐色に変色して落ちる。栗の花の開花は梅雨の頃と重なるためか、その香りはどことなくずっしりと重たく感じる。
============
引用終わり

例句として挙げられているうちのひとつがこれ。
============
栗咲く香にまみれて寡婦の寝ねがたし  桂 信子「女身」
============
みょうに色っぽい句です。それは、なぜなのか?
(答え)栗の花の匂いは、精液の匂いに似ていると言われているからです。
そう思ってこの俳句を読むと、色っぽさの意味がわかると思います。

「俳句大歳時記」では、「青臭い独特の強い匂い」とまでしか書かれていません。それで、句会では初心者が「どうして、こんな意味深な句の季語に栗の花が使われるんですか?」と質問してくるわけです。わたしは60〜80歳代のキュートな先輩がたが「うっ、それは…」って困るのをもう見たくないのです。
一番信頼がおけるとされている歳時記が書かないというなら、ブログが補完するしかありません。大事なことだから、書きました。

もちろん、「栗の花」はこの意味だけに使われるものではありません。栗の花は形が細いヒトデみたいに垂れ下がっていて個性的ですし、ぽたぽた落ちるという特徴もあります。わたしは初夏の気持ちいい青空に呼応するようなあの花の白黄色の明るさが好きです。栗の花の本質というのはさまざまあるのです。

近づくな白きワンピース栗の花に
(ふうの句…中八、下六のかなり乱暴な句。どーん!)

今日は、これでおしまい。
posted by ふう at 10:39 | Comment(0) | 研究してみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月28日

猫の心をとろかす3人の人

猫派か犬派かと聞かれたら、断然、猫派です。
今は家で猫を飼っていないので、近所の気立てのよい地域猫たちをかわいがるという、気軽でうるわしい日々を送っています。

わたしは、猫の心をとろかす人の存在というものに、うすうす気がついていました。
以前、テレビでその衝撃映像を見かけたことがあり、なぜそんなことができるんだろうと考えていました。

01 猫の心をとろかす人、1人目
まずは、映画監督の故・伊丹十三(いたみじゅうぞう)監督です。
これは奥さんで女優の宮本信子(みやもとのぶこ)さんが監督を回顧する番組内でおっしゃっていました。

「そうはいっても、それほどじゃないだろう」
とわたしなんかは思ったのですが、若かりし伊丹監督が山の中のようなところで、野良猫の、ほんのまだ子猫という感じの子を可愛がっているシーンが映像として流れました。
それにわたしは仰天しました。山の中にいる、野良猫の、子猫です。
人になつくはずがないのに、その猫は、監督のひざのうえでお腹を出してひっくり返ったまま気持ちよさそうになでられていました。

宮本さんがおっしゃるには、どんな猫でも、監督にはなついてしまったんだそうです。
番組の最後で、インタビュアーが投げかけた「監督のことをひと言で言うと?」という質問に対する宮本さんの答えは「猫使い」でした。
たぶん、インタビュアーは映画監督としてのひと言を求めていたと思うのですが、奥さんにしてみれば、俳優たちを魅了してすごい映画をつくる才能よりも、どんな猫でも心をとろかしてしまう才能のほうが心に強烈に残っていたのでしょう。

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02 猫の心をとろかす人、2人目
知ってる人は知っている、知らない人はまったく知らない、ジャクソン・ギャラクシーさんです。
ジャクソンさんは、CSのアニマルプラネットなどで放映されている「猫ヘルパー猫のしつけ」という番組に出ている猫ヘルパーの方です。

飼い猫でも、なかなか飼い主になつかなかったり、攻撃的だったり、困った行動をとったりする子がいます。そういう飼い主のところへジャクソンさんが相談に行って、見事解決するという番組です。

わたしが初めて見た回は、こわがりで、飼い主が近寄るだけでハーッと威嚇(いかく)してくるような猫が登場する回でした。まずは飼い主がジャクソンさんの助言を聞いて、部屋を改良したりします。でも、猫はなかなか心を開きません。そこで、ジャクソンさんが、家に登場! すると、にゃ〜ん、とその猫がジャクソンさんを迎えにいくかのように出てきたのです。
これにも仰天しました。早いだろう、いくらなんでも、と。
こわがりなのがウソのように、ジャクソンさんに猫はなつきます。飼い主もびっくりしていました。

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03 猫の心をとろかす人、3人目
それは、わたしです。でも2人とちがって万能じゃありません。
わたしは、ある特定の猫にとても好かれるのです。

あるとき、YouTubeで猫の映像を見ていて、「発情期になったうちの猫」みたいな画像を見たとき、これだ! と思いました。
わたしが近づいたときの、猫の反応とそっくりです。顔を床にこすりつけたり、寝転がってお腹を見せてころころ転がったり。しかも、わたしに妙になつくのは、すべてメスの猫だったのです。

そうです。どうも、わたしの身体から、イケメン猫のにおいが出てるようなんです!
うれしいやら、うれしくないやら。

これで、謎は解けました。伊丹監督も、ジャクソンさんも、猫にとっていいにおいがしているのです。だから、山の中の猫でも「あっ、いいにおい!」と近づいてくるし、ジャクソンさんがどんな人かもわからないうちに、ジャクソンさんが入ってきたとたんに「あっ、いいにおい!」と出てきてしまうのです。

わたしの、役に立たない能力がまたひとつ明らかになりました。

今日は、これでおしまい。
posted by ふう at 20:02 | Comment(0) | 研究してみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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