2013年07月26日

クロはつめを出し入れする(後編)

前編を読んでいらっしゃらない方は、まずこちらへどうぞ
    ⇒ クロはつめを出し入れする(前編)

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クロは、人間が近づくたびにしゃーっしゃーっと息をはき続けました。
ときどきこわすぎてぷしゃーっ! というへんな音が出ることもありました。

何日かすると、眼鏡をかけた背の高い男の人がやってきました。
その人はすずさんとよばれていて、だいの猫好きでした。
生まれたての猫を拾ったという友人の話を聞いて、もらいにきたのです。もうみるからにクロはあばれんぼうなのですが、友人も困り果てていますし、自分は猫が飼いたいと思っていましたから、すずさんはふかふかのタオルでクロの身体をつつんで、大事に家にもって帰ったのでした。

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だから、クロの育った家は、すずさんの家です。
すずさんは、猫好きらしく猫の飼い方にもたけていて、生まれたばかりのクロの世話もお手のものでした。
ただ、今はけいかいしんが強いけど、そのうち慣れてくれるだろうと思っていたのは、ごさんでした。
クロは、いつまでたってもあばれんぼうだったのです。なぜなら、お母さんにやさしくしてもらったり、きょうだいにかばってもらったり、そういう経験がちっともないのでそうなったのでした。

クロの遊びは、本気でした。じゃれるといっても、おみまいするのは本気猫パンチです。ひっかくといっても、本気の猫ひっかきです。
遊んでやるすずさんは、いつも血だらけになるのでした。
「あいたたたー」
と言いながらも、すずさんは、ふわふわがついたのでじゃらしたり、ボールを投げたりしてクロと遊んでやるのでした。

クロが2歳になったころのことでした。すずさんの家に女の人がやってきました。すずさんの奥さんで、まち子さんといいました。クロは、一度においをかいだだけで、それからまち子さんには近寄りませんでした。どんな人かわからなかったからです。

日がたつと、まち子さんのお腹が大きくなってきました。クロは、びっくりしつつ大きな目でようすをながめていました。
ある晩、クロはクローゼットの上から、寝ているまち子さんの大きなお腹めがけてジャンプしました。
「ああっ、クロがお腹の上に乗った!」
まち子さんは、大きな声を出して起きました。すずさんも起きて、ふたりで、お腹を何度もさすっていました。そのようすを見て、クロは、あのお腹のなかには何か大事なものが入っているにちがいない、と思いました。

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しばらくたつと、家に人間がひとり増えました。すずさんとまち子さんの赤ちゃん、あけみちゃんです。クロは、だんだんと家に人間が増えていくのを、ふしぎに思いました。そして、あけみちゃんに、愛情をたっぷりそそいでいるすずさんとまち子さんを毎日毎日ながめていました。
お母さん…。クロは自分にも、少しだけ、お母さんと過ごした時間があったのを思い出しました。

あけみちゃんはすくすく育ちました。相変わらず、クロはあばれんぼうでした。
ある昼下がり、クロは日が射すフローリングの床に寝そべって、窓からは気持ちのいい風が入ってうすいカーテンが揺れていました。
あけみちゃんがソファの上から床に飛び降りて遊んでいる音と、笑い声が聞こえます。

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すずさんがいて、まち子さんがいて、あけみちゃんがいて、自分がいて、日差しがあったかくて、風が気持ちよくて、少しねむくて、花のいいにおいがする。
そう思うと、クロののどは、しぜんとゴロゴロという音を立てました。
横にいて、アイロンをかけていたまち子さんは、クロののどがゴロゴロ鳴っているのに気がつきました。
まち子さんは、手を伸ばして、クロをなでてやりました。すると、クロののどはもっとゴロゴログルグルと鳴ったのです。クロを触ろうとして猫パンチをおみまいされなかったのは、これが初めてでした。まち子さんは、
(あら、まあ)
という顔をしましたが、何も言わずに、もう少しなでてやると、またアイロンをかけ始めました。

クロは、大きく伸びをしました。
そして、今まで経験したことのないような気持ちのいい眠りに落ちたのでした。






おしまい
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知人のところにいる猫の生い立ちを聞いて、お話ふうにつくりました。
猫は、生まれたとき目が開いてないので本当はまわりを見ることはできないのですが、お話なのでその点は無視してつくりました。
クロは、今も家族3人と元気に暮らしています。

今日は、これでおしまい。
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2013年07月25日

クロはつめを出し入れする(前編)

クロのお母さんは、大きなお腹をゆらしながら走っていました。
きょうぼうなボス猫「さすまた」に追われていたからです。
せまいところをくぐりぬけ、高い塀(へい)を飛びこえ、きけんな道路をいっちょくせんに走り、そして、とうとう、もっともきけんな人間の家のベランダにたどりつきました。

お母さんは、しんちょうにようすをうかがいました。
どうやら「さすまた」をふりきることができたようです。走りづめでふうふうと息が上がっています。
お母さんは体を横たえました。

そのうち、まあるいお月さまが高くのぼり、時が満ちました。
いよいよ、子どもたちの生まれるしゅんかんがやってきしました。
いち! に! さん! ときて、4ばんめに生まれたのが、クロでした。
お母さんは、おちちを飲む4びきの子どもたちをていねいになめてやりながら、考えていました。ここはきけんな場所です。いっこくも早くこのかわいい子たちをどこか安全なところへ連れてゆかなければ!

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子どもたちのお腹がいっぱいになると、お母さんはつかれた身体にむちうって、身を起こしました。
そして、くちに子猫をくわえベランダを出ると、月が照らす青い道をいそいで歩き始めました。
めざすは、ちかくにある倉庫の軒下です。
お母さんは、その道を行ったり来たりして子猫を運びました。
ところが、ちからをふりしぼってもう一度ベランダにもどろうと思ったお母さんは、もう自分にはその体力がないことを知りました。
クロをむかえにいけません。

お母さんは、耳をすましました。クロの鳴く声は聞こえませんでした。それから、鼻を高くかかげてにおいをかぎました。かすかに、クロのにおいがしたように思いました。そのとき、お母さんの金色の目からは、水晶のようなまあるい涙がひとしずく落ちました。
それきり、お母さんは、子どもたちの間に鼻先をさしこんで、気をうしなったように眠りに落ちてしまいました。

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そのころクロは、ベランダでたった一ぴきお母さんを待っていました。
いち! に! さん! と連れていかれたのですから、次はクロのばんのはずです。
でも、お母さんは帰ってきませんでした。

不安になって、大きな声でにゃあにゃあ泣きました。すると、大きな音をたててベランダのはきだしの窓が開きました。そこには、おそろしい人間が立っていました。
クロのくちからは、しゃーっしゃーっというするどい息が出ました。窓は閉じられましたが、しばらくたつとまた開いて、クロは大きな手で拾いあげられました。クロは、人間につかまってしまったのでした。

後編につづく ⇒ クロはつめを出し入れする(後編)

今日は、これでおしまい。
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2013年07月12日

葉書の届く音がするとき(後編)

前編を読まれていない方は、まずこちらへどうぞ ⇒ 葉書の届く音がするとき(前編)
中編を読まれていない方は、まずこちらへどうぞ ⇒ 葉書の届く音がするとき(中編)

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ゆるゆると、こんな日が、ずっと続くと思っていた。
でも、あるときから小泉くんからの葉書が、ぷっつりと来なくなった。

3カ月たったころは、今回はおそいなあと思うくらいだったが、4カ月を過ぎると、さすがに気にかかってきた。
家族に不幸があったとか、事故にあったとか、忙しいとか、理由はいろいろ考えられた。
迷ったすえ、ぼくは初めて自分から小泉くんに葉書を出すことにした。
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最近はどうですか。
体調が悪いのではないかと心配しています。
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と書こうかと思ったが、 ちょっと待てよと思った。
ぼくは別に彼の体調の心配はしていないのだった。小泉くんは体調をくずすような男じゃないと思った。
30歳を過ぎると、酒を呑んだりたばこをやったりするのが顔色に出るが、彼にはそれがなかった。彼の肌はいつも白くつるりとしていた 。さして運動をしているようにも見えないが、太ってもいなかった。

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足したり引いたりしない人だよなあと思った。だから、思うままを書いた。
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最近お茶会がありませんが、
忙しいですか。
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思うままというか、単なる質問になってしまった。でも、まあ、それがぼくの思うままだった。
それをひやっとしたポストの口に押し込んだ。ポストの投函口の金属の蓋(ふた)はぼくの指をはうように滑り、チンと音を立てて閉まった。

すると、葉書を出してから四日ののち。
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あなたから手紙をもらえるとは思っていませんでした。
今月の最後の週の土曜日に茶会をします。
ぜひ来てください。
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という、いつもの小泉くんとも思えない、はずんだ調子の葉書が届いたのだった。
「おお…」
と葉書を見て思わず驚きの声を上げたくらいである。

小泉くんが葉書を出さなくなった理由について、ぼくは身体の奥のほうで理解していたと思う。

駅までの道、電車に乗る車両、コンビニで目を留める棚、曜日で選ぶテレビのチャンネル…他のやり方もあるはずなのに、しっくりと日常に収まったそれらのものは、無意識にぼくの行動を支配している。

だけど、気づきはあるとき突然やってく る。
無意識に階段を昇るときにはなんともなく昇れるのに、「自分は階段を昇っているな」と思った瞬間、足がもつれることがあるように。
日常になじめばなじむほど、それをどうして選んだのかがわからなくなり、そして、じっと見つめたが最後、今までどうやってそれをやってきたのか、わからなくなってしまうんだ。

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小泉くんが葉書を書こうとしてペンを置いたのは、そういうことに彼が気づいたからじゃないだろうか。
そして、浮かんだのは、無意識を共有するということへの、かすかな不安。

ぼくは、そのていねいだが勢いのある字の並ぶ葉書の返事に
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お茶会いきます。
よろしく。
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と書いて送った。
あの庭には、そろそろ梅が咲くに違いない。
あと四五日すると、きっとまたうちの郵便受けに小泉くんからの葉書が届く。




おしまい

今日は、これでおしまい。

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