2013年07月11日

葉書の届く音がするとき(中編)

前編を読まれていない方は、まずこちらへどうぞ ⇒ 葉書の届く音がするとき(前編)
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茶会へ行った2カ月後、小泉くんから、また葉書が届いたのだった。
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来月の最初の週の土曜日に茶会をしますが、
どうですか。
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と書いてあった。
ぼくは、驚いた。
合格! と小泉くんに強く言われた気もしたが、何も正しいことはしていないはずだった。

だけれども、ぼくはなぜかその葉書に行けるという旨の返事を出し、それから1年半の間、季節が変わるころになると葉書が届き、行っては礼儀を知らないままお茶を飲み、ということをぼくたちは繰り返したのだった。
もちろん、都合が悪いときは断わりの葉書も書いたけれど、それでもまた次の季節の変わり目には、誘いの葉書が来るのだった。

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猫は、夜に集会をするという。何のために集まるのか。ぼくは、お互いの顔を見たいから集まるのじゃないかと思う。
夜になると、猫たちの目が冴えてくる。そうすると、仲間の顔が見たくなる。
そして、路地裏だの塀の上だのを走って集会の場所に駆けつけるのだ。

あいつも来た、あいつも来た、あいつも来た、だが、あいつがまだ来ない、あいつもまだだ! そう気をもんでいるうちに、一匹、一匹と集まり、とうとう全員が集合! よおしっ! 解散っ!!
そうやって満足した猫たちは、ねぐらに戻っていくんじゃないだろうか。なんてね。

それと同じで小泉くんは、ぼくの顔を見たいだけで葉書を出すんじゃないだろうか。
というのも、ぼくも行くまでが楽しいのだった。葉書や茶会の日を待つという時間そのものが。
小泉くんの家に行くと、ふしぎとその楽しい気持ちは消え、お互いに顔を見つめるばかりである。

それを証拠に、ぼくたちは、あまり会話というものをしなかった。
いや、まったく話さないというわけでもない。あるとき、
「最近、肩がこるんだよ」
とぼくが言うと
「錦糸町(きんしちょう)のスーパー銭湯にいる背の高い男の人にもんでもらうと一発で治りますよ」
と小泉くんが言った。その俗っぽい答えに、ぼくはこころのなかで笑った。

sentou.jpg

小泉くんというのは、京橋(きょうばし)にある会社に勤めているらしいが、経理課で大きめの電卓をたたく姿も、会社近くの銀座の街をそぞろ歩く姿も、錦糸町にあるというスーパー銭湯の湯につかる姿もすべてかりそめで、和装でこうやってぼくと向き合ってただ座っているのが本来の姿なんじゃないだろうか。

後編へつづく ⇒ 葉書の届く音のするとき(後編)

今日は、これでおしまい。


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2013年07月10日

葉書の届く音のするとき(前編)

ぼくが小泉(こいずみ)くんに初めて会ったのは、巾着田(きんちゃくだ)の川沿いで行われたバーベキューパーティのことだった。
会社の同僚に誘われて行ったのだが、友人の友人たちという淡いつながりの15人くらいの集まりで、そのなかに小泉くんがいたのだった。

食品メーカーの経理をしてるやつ、と紹介され、ぼくの同僚はこう付け加えた。
「小泉くんは、お茶の先生もしてるんだって」
小泉くんは、ぼくより少し若く見え、そして猫っぽい男だった。少々冷たさを感じさせる三白眼ぎみの目がそう思わせるのかと思ったが、よくよく眺めてみると両の口角が少し上がっていて、猫の口元のふくふくしたところと印象がかぶり、独特の猫っぽさが生まれているのだった。

「先代が亡くなったので、そういうことになったんです」
と小泉くんは言った。
先代、とは父親という意味だろうか、それとも師匠という意味だろうか、とぼくは考え、父親だったらお悔みを言うべき? とも思ったが、肉や野菜が香ばしく焼けてる横で、しかも初対面でお悔みをいうのは、ずいぶんおかしいことのように思われた。

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「お茶か、いいですね」
とぼくは適当なことを言った。
小泉くんはぼくの目を見て、うん、という感じに小さくうなずいただけだった。
それから、ぼくは肉をたくさん食べ、ビールをたくさん飲んだ。小泉くんとはそれきり会話をしなかった。

ところが、それから1カ月くらいしたころ、ぼくの家に1通の葉書が届いた。
差出人は小泉清太郎とあった。ペン習字の生徒みたいなきれいな文字で、ていねいに小泉くんの住所とぼくの住所と名前が書いてあった。

「個人情報」という言葉がちらっと頭に浮かんだが、小泉くんのあの猫っぽい口元で名前や住所を尋ねられたら、ぼくだってすらすら答えてしまうだろうと思った。
葉書には、
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今月の最後の週の土曜日に茶会をしますが、来ませんか。
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とだけ書いてあった。
そういえば、ぼくはお茶に対して好意的と思われるような受け答えをしたような気がする。
だが、あいにくお茶の心得なんて全然もっていない。どうしたものかと思ったけれど、ちょっと興味がわいて、行ってもいいかと思ったものの、どう返事をすべきか。
小泉くんのメールアドレスなんかわからないし、葉書には電話番号も書いてない。
同僚に聞くのも面倒なので、ぼくは、葉書を買ってきて
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お茶会に行きます。
よろしくお願いします。
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と書いて投函した。すると、三日くらいして、14時にお待ちしてます、という短い葉書が届いた。なんだか新鮮なやりとりだった。

小泉くんが示した日と時間に彼の家を訪ねた。
都心にあるとは思えない大きな家だった。ボリュームのある生け垣と、奥にたたずむ歴史のありそうな家。銅版葺(どうばんぶき)の門をくぐると、和装で腕組みをした小泉くんがこちらを振り返った。
「やあ、いらっしゃい」
と彼は言い、ゆっくりと歩き出した。ぼくは小泉くんのあとに従った。
ぼくは、茶会に誘われたものの、茶会についての予備知識がほとんどない。ちょっとネットで調べたが、初心者は下座に位置するので、前の人がやるとおりにすれば間違いないと書いてあるのを見つけて、それならできそうだと決め込んできたのだった。

しかし、通された茶室には、客はぼくひとりだった。
見よう見まねでやろうと思っていたのに、これでは見る人もまねる人もいないではないか。

小泉くんは和菓子を出したが、あいにくぼくは甘いものが苦手なのだった。
うっ、と引いているうちに、
「甘いのだめですか、さげましょう」
といって、小泉くんはさっと皿をさげた。
それから、おそらく礼儀作法にのっとり、正確な手つきで抹茶をたて、ぼくの前に茶碗を置いた。
「どうぞ」
「あの……どう飲めばいいかわからないので……」
とぼくが言うと、小泉くんは、どうということもないような顔で
「ああ……適当に飲んでください」
と言った。
て、適当でいいのか? ぼくは逆に動揺した。そして、言われたとおりに適当にくるくると茶碗を回すと、持ち上げてひとくち、ふたくち、みくち、と抹茶を飲み干したのだった。
そのやわらかい口ざわり! なんだかわからないが、表面の泡がそのやわらかさを生みだしているようだった。

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「うまいですね」
とぼくは、直截(ちょくせつ)な感じにほめた。小泉くんは、うん、と軽くうなずいた。
「あのう……これから、どうすれば……?」
「くつろいでいただいてけっこうですよ」
と小泉くんが言うので、ぼくは足をくずした。
そして、目の前に置いた空になった茶碗をじっとながめていた。

はて………茶会というのは、「お代」のほうはどうなっているんだろう? 帰り際に、いくらですというふうに請求されるのか、それとも月末締めで翌月に請求書がとどくとか?
「庭でも、見ますか? 今、ちょうど石楠花(しゃくなげ)が咲いたところです」
と小泉くんが言う。ぼくは、小泉くんに従って庭をながめ、ちょっと花のことを質問したり、ふーんとか、はーんとか適当にあいずちを打ったりした。

これでお茶会はお開きになったのだけど、心配していたお代はとくに請求されなかった。

中編へつづく ⇒ 葉書の届く音のするとき(中編)

今日は、これでおしまい。
posted by ふう at 08:37 | Comment(0) | お話を作ったよ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月27日

ちはるさんが、関根くんをつかまえます(後編)

前編・中編をまだ読んでない方はこちら ⇒ ちはるさんが、関根くんをつかまえます(前編)
                             ちはるさんが、関根くんをつかまえます(中編)
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さあさあ、待ちに待った金曜日の夜です。
お店に入って席に着いたふたりは、いざメニューを開きました。
「わー、関(せき)サバがある。直送だって。南条(なんじょう)さん、ここ、すごい店だね!」
関根くんは、おおよろこびです。南条さんというのは、ちはるさんのうえの名前です。

しかしながら、ちはるさんは何がすごいのか、ちっともわかりません。
聞けば、関サバとは、大分県でとれるサバのことだそうです。
「関サバは、あらくれた海でそだってるから、油がのっているのに身がひきしまってるんだよ」
と、関根くんは教えてくれます。
「頭がいいのに運動ができる優等生みたい」
ちはるさんがそう言うと、関根くんは、目を細めてははは、と笑いました。
「東京ではめったにお目にかかれないんだ」
飲み物の注文を見ていると、関根くんは、どうやら日本酒好きのようです。
だから、つまみになるお魚にもくわしいのです。

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ちはるさんは、小さく、あれ? と思いました。
関根くんは、他の人がサッカーや、音楽や、ゲームや、バイクや、一眼レフや、競馬や、自己啓発や、株式投資なんかに夢中になっているのに、この人は、かくし味にゴマ油やゆず胡椒をつかって料理をこさえて日本酒をたのしんでいるような人なのです。
そうとうな変わり者です。
変わり者どうしは、ひょっとすると気が合うかもしれません。
そう思うと、ちはるさんは、手の指先があたたまるのを感じました。何もぬっていない爪がさくら色になりました。

楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
お店から出ると、関根くんの提案でふたりは少し散歩をすることにしました。
池袋というのは、個性あふれる人々でとってもにぎやかな街ですが、南池袋という地名あたりは、人家が多く公園やお寺があって、わりと静かなところなのです。
ビルのむれが切れると、都心らしいせまい夜空に月が見えました。

moon.jpg

「きれいだな、満月かな、いや、一日分くらい欠けてるか」
好きな人ときれいな月を見ている、と思うと、ちはるさんは、うっと涙が出そうになりました。その気配に関根くんは気がつきました。
「なんで泣くの?」
「……月がきれいだから」

本当は。
本当は、ちはるさんは関根くんをつかまえることができないから泣いたのです。
月を見上げてきれいだね、って言いあうこの時間を止めることができないから涙が出てきたのです。

「むし図鑑」で得た知識も、関根くんの前では何も役に立ちません。
いま、ここに、この人と過ごしている、この瞬間。
どんな道具があったら、こんなうつくしいものをつかまえられるっていうんでしょう。

ちはるさんの、ピンクになった鼻の先を見ていた関根くんは、
「南条さんは、すぐ感動するんだねー」
と月を見上げて言いました。とてもとてもうれしそうに言いました。




おしまい
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今日は、これでおしまい。

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