2014年10月14日

イカはいかすよ

イカを尊敬しています。
わたしがイカに興味をもったのは、最近です。
ふと、スーパーで売っているイカは「天然」とも「養殖」とも書いてないけど、どっちなんだろう? と疑問に思ったのです。

調べてみると、イカは、後ろ向きに高速で泳ぎ、水槽の壁に激突して死ぬので養殖はできないそうです(アオリイカの養殖は、一部で行われているようです)。また、イカを養殖できるような装置を作っても、単価がすごく高くなってしまうので、ビジネスとして成り立たないのだそうです。

つまり、売られているイカは、ほとんど天然ということ。
人にたやすく飼われないイカ、かっこいい!

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さて、イカといえば「すみをはく」動物です。
その「すみ」ですが、タコの場合は相手の目くらましになるように、最初からぶわぶわと広がるようにはくのですが、イカの場合は、「すみ」にねばりけがあるため、いったん紡錘形(ぼうすいけい)にまとまったあと、じわじわと広がるようになっています。これは、自分の形に似せた影のようなものを作り、相手の気をそちらに引きつけておいて、そのすきに自分が逃げるためなんだそうです。

なにそれ、かっこいい!
分身の術!

さらには、タコは「タコつぼ」に入ってしまうというように、ねぐらを決めますが、イカはねぐらを決めません。海がおうち! ダイオウホウズキイカにいたっては、ただ海中を漂っていて、近くにきた魚を取って食べます。省エネ!

イカは本当にかっこいいです。家紋にしたいくらいです。

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▲いかもん

わたしが戦国武将なら、イカをあしらったかぶとをかぶったことでしょう。

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▲いかぶと

でも、こんなに尊敬していても食べてしまいます。イカはとってもおいしいですから。

今日は、これでおしまい。
posted by ふう at 10:03| Comment(2) | 好きなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

ヴァロットンがすきだ

ずいぶん前の展覧会の図録(*)です。フェリックス・ヴァロットンの項目にこんなことが書いてありました。

「自分自身を否定する、引き裂かれた人間であった彼は、画家としても自分と折り合いをつけられない性質を持っていた。彼の内面を占めていたのは三つの力である。それらの力を互いに調和させることはほとんど不可能に思われるが、彼は多くの場合にそれを成し遂げたのであり、そこに彼の偉大さの片鱗(へんりん)がある。その三つの力とは、写実への情熱、装飾化の野望、そして表現主義の恥ずべき誘惑であった。」

これを読んだとき、わたしは「このヴァロットンという人が好きだ。……それも、とても、とても、好きだ」と思ったのです。

自分自身を否定する表現者。
自分を消せば消すほど出てくる自分に嫌悪する表現者。
そういう姿を想像しただけで、わたしは彼に強くひかれたのです。

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写実はありのままを写しとるということであるけど、装飾は美しく飾ることです。そして、表現主義とは感情を表すということです。どれもばらばらの方向性です。そのどれもが自分の求めるものだと気づいたとき、彼はどんな思いがしたでしょう。
人は矛盾するものを前にすると、どちらかを選び、矛盾を解こうとするけれど、彼は引き裂かれたまま前に進んだのです。

そうして生まれたものは、何だったのでしょうか。

豊かな省略。
甘くないキュートさ。
現実からそっぽを向く風景。

わたしは、彼の絵にこんな印象を受けました。
その「ヴァロットン展」が、開催されるのです。
2014年6月14日から9月23日。東京の三菱一号館美術館にて。楽しみでしようがありません。わくわく。
好きなものにまた会えるということは、こんなに楽しいことなんだと、うきうきする毎日です。

今日は、これでおしまい。

(*)…1996年「世紀末ヨーロッパ象徴派展」(Bunkamuraザ・ミュージアム)の図録です。引用した記述は、ベルナール・ドリヴァルという人のヴァロットンに対する評価として掲載されているものです。

三菱一号館美術館の「ヴァロットン展―冷たい炎の画家」のサイトはこちら→http://mimt.jp/vallotton/top.php

posted by ふう at 07:00| Comment(2) | 好きなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

なべつかみは、おふとんの要素がある

キッチンでいちばん幸せを感じさせるものは、何でしょうか。
わたしは「なべつかみ」じゃないかと思います。

なぜなら…

「なべつかみ」の登場は、お料理の終盤です。
できたかな、味はどうかなとお鍋のふたを開けるとき。焼けたクッキーがのったオーブンの天板をとりだすとき。できあがったあつあつを食卓へのせるときに登場します。

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あのふかふかしたのに手を入れまして、お鍋のふたをとると、ふわあっとあたたかい、いいにおいが! あるいはオーブンの天板にのったクッキーが香ばしいかおりをはなちます。

だから、「なべつかみ」の登場は、おいしい料理のできあがりを予感させるのです。
それが幸せ感に
つながっているのです。

また、「なべつかみ」には、おふとんの要素がふくまれています。表面はぬのでおおわれていますが、中にはわた状のものが入っていて、まるでおふとんを手ぶくろにしたみたい!

おふとんは、もれなくあたたかさとここちよい眠りを予感させます。
だから、おふとん要素のある「なべつかみ」は、幸せ感をかもしだすのです。

そしてそして、あのかたち! ミトン型!
熱くなく、ちゃんとつかめることを追求したら、いぼいぼのついた五本指のゴム手ぶくろに行きつくにきまっています。でも、そんなのは、まるでトカゲです!

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▲左は、架空の商品です。右はふつうのなべつかみ

ところが、どうでしょう。「なべつかみ」は、ゆったりとまあるくて、つかめるんだか、つかめないんだか、いや、つかめるんですが。そういう、あいまいな、ゆぅるい形をしております。
あの形が幸せじゃなかったら、どんな形が幸せっていうんでしょう。

ね、「なべつかみ」はなかなかに幸せなものでしょう。
ひとつあると、目にとまったとき、ふっとこころに幸せな気持ちがよぎるかもしれませんよ。

今日は、これでおしまい。

posted by ふう at 08:00| Comment(0) | 好きなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする